コードウェイナー・スミス『三惑星の探究〈人類補完機構全短篇3〉』
(伊藤典夫・酒井昭伸訳、ハヤカワ文庫SF 2017.8.15)
 


コードウェイナー・スミスを読んでいると「これぞ純粋のSF」と感じることがある。
大宇宙をところ狭しと駆け回り、遙かな人類の歴史を見晴るかす(とはいえ、全貌は霧の中)。変貌したヒトや動物たち、正体不明の敵、美しく悲惨なロマンス……。たぶん、ポール・M・A・ラインバーガー博士(スミスの本名)は、自分自身(と妻)のためのおとぎ話として、これらの作品を書いたんだろうなあと思ってしまいます。

『三惑星の探求』は、スミスの書いた未来史〈人類補完機構〉シリーズの中短編すべてを収める全3巻のしめくくり。すでに出た『スキャナーに生きがいはない』『アルファ・ラルファ通り』、それに長編『ノーストリリア』(以上、ハヤカワ文庫SF)を加えて、スミスのSF作品すべてが日本語で読めるようになったのは、うれしい限りです。
1966年に53歳で亡くなり、ほぼ同時に、伊藤典夫さんによって日本に紹介されてから半世紀。当欄で『ノーストリリア』を取り上げ、「たった2冊しか読めない」と翻訳の少なさを嘆き、「待てば待つほど、手に入れた時のよろこびは大きい」などといったことはないことにして欲しいと、恨みごとを書きつけてからは30年。ようやくこの日が来たかと、いささか感無量であります。

なぜコードウェイナー・スミスがこれほどまでに魅力的なのか。当欄でも何度か、その謎に挑戦してきました。
最初に思いついたのは、彼のもつ「逆説」性。ペンネームにしてからが変です。「コードウェイナー」は「靴職人」の意。「スミス」は「鍛冶屋」。この2つを無造作につなげている。いったいどっちやねん!? とツッコミたくなります。
本書冒頭の「宝石の惑星」は、宝石がゴロゴロしている惑星が舞台で、ここでのお宝は土。植物を育てるための土が、この上なく貴重なのです。
こんなふうに通常の意味を混乱させながら、独自のアイデアを盛り込んでゆく。語られるのは、夢のようなおとぎ話であり、人生の非情な真実をくるんだ寓話。

とまあ、そんなことを考えたりしてみたのですが、何より、読んで刺激的で、楽しい。本書に収められた11編のうち3編が酒井昭伸さんによる初訳(他は伊藤典夫訳)で、中でも中編「嵐の惑星」が素晴らしい。
異星の空で長虫のようにくねる竜巻の大群。その下を行く装甲車は風で飛ばされるのを防ぐため、コルク抜きのような螺旋形の装置を何本も生やしている。旅の目的地は、嵐が嘘のように静まる異様な空間に建つ館。主人公キャッシャー・オニールは、そこでメイドとして働く少女を殺す使命を帯びていた。ところが、少女は超能力をもつ亀≠セった……。

 1人の人物から壮大な物語が噴出し、事態は思いもよらない展開となります。そして登場する「交差する2本の木片に磔にされた男の偶像」。カトリック教徒だったというスミスの宗教観がうかがえるのも、本書のきわめて興味深いところといえます。


〈小説推理〉2017年10月号